【緊急報告】2015年10月31日版
狭い地球上に住む我々人類は、今日に至るまで様々な難問に遭遇し、民族、宗教、覇権、経済
、政治、など様々な軋轢の中で、解決されえない問題を抱えながら曲りなりにも生存してきまし
た。しかし先進国と後進国の生活格差は依然解消されず、文明のフロントラインでは常に衝突が
起こり、第二次大戦後も数々の紛争によって、貴重な命が虫けらの如く殺され続けてきました。
◆シリア情勢が新たな局面を迎えようとしています。
上記写真はニューヨークタイムズ特集記事からのものです。
http://goo.gl/gVCtRK
(Ⅰ)今日の我々日本人にとっても、現在最も心痛める出来事はヨーロッパへと流れ込んでいる難民の方々の姿だと思います。
①クルド人
裸足にスリッパを履いただけの彼女は、シリアとトルコの国境近くの町、アイン・アル・アラブに住んでいましたが、トルコ国境を漸く越えることが出来、難民施設に行くためにバスを待っているところです。
この写真を撮った友人からの話では、ご主人はISISに連れて行かれ処刑されたということです。彼女はシリア系クルド人だということですが、よく彼女が殺害されなかったものだと思います。何故ならISISの連中がもっとも嫌がっているのがクルド人女性だからです。
後ろを向いている女の子の表情は判りませんが、彼女も裸足で(移動中は母親に抱かれていた
のでしょうが)泣きべそをかいている兄よりは毅然とした姿に見えるのは私だけでしょうか。
イスラームの男性は、女性に殺害された場合は死後も地獄に落とされるとされています。彼女の夫がクルド人であることを隠していたのだと彼女は言っていたそうです。
世界に2000万人以上いるクルド人は、イラク北部に多く住んでいますが、トルコから東欧や中央アジアにかけて も多く分布しています。単一民族として国家を持たない最大の民族とも言われています。
イラクがサダム・フセインに支配されていた頃は一方的な迫害を受け、劣化ウラン弾による攻撃を受け、多くの奇形を持った子ども達が生まれました。又、サリンガスをもフセインはクルドの人々相手に散布したという事実も残っています。
現在はイラク北部アルビルに中心都市を得て街を整備し、イラク議会へも議員を送り込んで新たな再生への道を築き始めたところでした。ISISが抬頭して来なければクルド人の拠点都市として落ち着きを取り戻していた筈です。トルコ国内にもクルド人は多く、トルコ議会へも数十人を送り込んでいますが、トルコ政府は未だクルドPKKに対する敵対意識を持ち、明らさまにクルドを空爆することもあります。その根底にはオスマントルコ時代に遡る敵対意識が強く根ずいているようです。
危機を至るところで経験してきたクルドの人々は、常に民兵の教育を行い、特に女性だけの部隊は男性軍よりも強力だと思われているようです。
ー詳細は下記PDF(10ページ)をダウンロードしてご覧下さいー
≪イスラーム圏と世界≫
ー序ー
今、世界中でムスリム世界(イスラーム教を信仰する人々)とのパワーバランスが崩れ、様々な軋轢が生じています。日本でもアルジェリアで、そしてシリアで、大きな問題が発生し、否応なくこの問題に直面しています。これらの諸問題を日常的な意識をもって理解し、正しい議論をしなければなりません。
本稿は、前半はイスラーム教に於ける一つの枝葉「過激派テロリズム」を育てる宗教的イデオロギー
の流れを形成してきた代表的な人物とイデオロギーの流れを紹介しています。
開祖、神の使徒(ナスール)とされるムハンマド(570年~632年)がメッカ(文中はマッカ:サウジアラビア)でその布教活動を始めた時は、身内を含めた50人足らずの人々によってでした。そのイスラーム教の信者は今日15億人を超える信者を抱え、なおその信者の数は増加しています。これは何故でしょうか。
アメリカを中心とする西欧国家や日本などは、中東に産出する石油資源を求め、ムスリム圏に土足で踏込み、それらの利権を買いあさりました。土足でかの地を踏み荒らすだけではなく、ムスリムの人々から見れば堕落と表現されている様々な文化や生活態度を持ち込みました。このころの日本人を評して「エコノミック・アニマル」と言われていました。「経済利益だけを追求する野獣」「お金、女性、ギャンブル等欲望だけをむき出しにした野獣」という意味でした。ムスリム国家ではお酒や売春をすることはご法度でした。ゴルフやマージャンに日中から夢中になるのは、程度の低い人間であり、遊ぶということは子どもだけに許される行為だという観念が根強く残っていたのがムスリム社会でした。
石油利権の為に支配層の王族達をとりこみ、多額の利益を彼らにもたらし、国家支配体制を確立させたのも、西欧の先進国でした。そして今日なおその影響下にあるムスリム国家は少なくありません。支配層は王侯貴族の暮らしを保証され、99%の人々は日常の暮らしに追われて生活しなければなりません。支配形態に民主化が行われている国はごくわずかで、未だ女性の参政権が認められていない国も少なくありません。
2010年・チュニジアから始まった「アラブの春」は、これまでの旧支配体制に対する市民の民主化を求める
熱い思いが結集され、市民運動が中東全体に広がって行ったのです。チュニジア、エジプト、レバノン、イエメン、オマーン、そしてシリアと飛び火していきました。しかしシリアではアサド大統領の強権力による軍事弾圧が徹底を極め、民主化を求めた自由シリア軍(FSA)は手持ちの銃器で市街でのゲリラ戦を中心としてアサドに抵抗しました。即座にアサドは市民を含む無差別爆撃を開始し、今では30万人以上のシリア市民がアサドの手によって殺害されました。本文中でも紹介していますが、アサドは化学兵器を一般市民に対して使用したのです。
後半部分では、今後のムスリム国家と世界を含めた世界平和を如何に実現して行くかについて書いています。人類の位置する現在の姿を中心に、過去と未来を繋ぎ、如何に世界全体が平和になることが出来るかという課題に言及しております。そして宗教と民族、国の存在意義を包括的に解決するためには、決して避けて通れない大きな「パンドラの箱」をも開けなければなりません。 2015年3月13日
ー Turkish is under below -
ー武力闘争放棄へ―
歴史的なオジャランからのメッセージ
アブドゥッラー・オジャラン
Abdullah Öcalan
1948年4月4日生まれ
トルコ:シャンウルファ県ハルフェティ郡オメルリ出身
アンカラ大学・クルディスタン労働者党元党首
妻:ケスィレ・オジャラン
MAZLUMLARIN ÖZGÜRLÜK NEWROZU KUTLU OLSUN
Selam olsun bu uyanış, canlanış ve diriliş günü olan Newrozu en geniş
katılım ve ittifakla kutlayan Ortadoğu
ve Orta Asya Halklarına…
Selam olsun yeni bir dönemin miladı ve gün ışığı olan Newrozu büyük
bir coşkuyla ve demokratik bir hoşgörüyle kutlayan kardeş halklara
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