ー混迷するシリア情勢ー 2016年2月16日
*トルコは「クルド主導の部隊が国境沿いの主要分野を押さえることはさせない」と主張し、連日にわたりシリア北部のアレッポ・アザーズのクルド部隊(クルド人民防衛軍=YPG)を砲撃。
*同時に「ロシア空軍にサポートされたシリア・アサド政権軍は病院2か所と学校などを爆撃。少なくとも7人が死亡、数十 人が障害を負った。」と国境なき医師団(フランスベース=MSF)が報告。
・トルコの攻撃は、西側連合友好国からの要請にもかかわらず、クルド人民防衛軍(YPG)に対し「挑発的な砲撃」を継続し、「今後の中東における平和と安全保障に対する脅威を増加させる」とロシア側からも激しい批判を受けました。
・土曜日に始まったクロスボーダーのトルコの砲撃は、停戦を開始するわずか数日前に、シリア北部のアレッポ周辺をますます複雑な状況に追い込んでいます。
・関係国の外交官は、シリアの5年間の紛争の終結を決定するために、まず前提として1週間以内に「敵対行為の全面停戦」を、先週の金曜日(2月12日)ミュンヘン会談で合意しました。
・トルコは最近のYPGへの攻撃は、「進歩主義クルド労働者党(PKK)のトルコの国家に対する数十年にわたる反乱を引き起こしてきた非合法運動と同列にある」と弁明し、アンカラの深い懸念を表明しています。
・「トルコの砲撃は土曜、日曜、月曜と連日アレッポ周辺の数か所で砲弾の着弾を確認した」とシリア人権監視団(英国ベースの監視グループ)に確認されています。
・トルコは「アレッポやアザーズの病院への空爆はロシア軍によるもの」とコメント。
・ロシアは例によって「ロシア軍機はこの周辺には入っていない。これはアメリカ軍機によるものだ」と主張。
・トルコはクルド人がシリア北部国境を越え、トルコとシリアの連続する国境地帯全域にクルドの領土を拡大することがでると懸念。
・モスクワは、「我々の軍事介入は、他の"テロリスト"をターゲットにしていると」言うが、シリア人権活動家達は「ロシアの攻撃が不相応に多くシリアの民間人の死傷者を出している」と非難しています。
・ロシアの空爆は、アサド政府軍が北部アレッポ周辺地域への進出を可能にし、事実上反体制派を排除することが出来たとレポート。
*「これらの、下劣で残酷で野蛮な行為が民間人や兵士、女性や子供や高齢者を見境なく殺戮し、2015年9月30日以来、8000回近くの出撃によって数万人の死傷者が出ている。」とダヴトグルは議会で語りました。
*モスクワはその間、トルコのシリア領土への攻撃はシリアに対する「挑発的行為」であると非難し、国連安全保障理事会に提訴する用意があると述べています。
*米国務省のスポークスマンは、「さらなるエスカレーションを避けるよう、トルコとロシアに懸念を表明。
「ロシアとトルコの直接対話が重要であり、更なるエスカレーションを防止するための措置を講じる必要がある。」とAFP通信に語りました。 (フランス24:記事より)
*プライマリーイッシューが何であるか、人命尊重は何処にあるか、軍事力が玩具のように互いに見境のないところで平然と使用されているのは何故なのか。
連日愚にもつかない言行が公表され続ける現在のシリア情勢ですが、我々他国の市民から見れば、なんとも表現しようのないシリア関係国の馬鹿げたやり取りの繰り返し、に不快感ばかりがつのります。
⁂最大の原因は、自国の権益や利益のみを追求するロシア・プーチンと、ロシアという虎の威を借りて急激に復活し再び自国民を殺害・追放・飢餓へと追いやるシリア・アサドにあります。彼ら2人は市民の命のことなど全く意に介していません。市民が何処へ行こうと、彷徨しようと、将又野垂れ死にしようと、自分たちの政権の維持と国家的利益という目的の前には全くどうでもいいことなのだと考えているとしか思えません。
*プーチンはジョージア(グルジア)でもそうでしたし、クリミア、そして今ウクライナ東部でも同じことをしています。軍事力によって他国を攻撃し、支配し、ロシアの権益を強化加増して行く事が最優先課題であり、その為には手段を問わない。アイシス(ISIS)の出現と11月のパリ同時多発テロは、プーチンに最大のチャンスを与えてしまいました。私は当初から「アイシスの出現の後押しをしているのはプーチンではないか」という思いを強めておりました。今現在行われているロシアの空爆も、80%はシリア北西部(シリア自由軍とクルド正規軍が手中に収めている地域=アレッポ周辺)に集中しており、20%程度がアイシスが占拠する北東部へ向けられているだけです。
そしてパリ11・13以降のプーチンの軌跡を追ってみると、明確にその目的と実現へのプロローグが見えて来ます。オランド仏大統領は11月24日にアメリカオバマ大統領を訪問、そして翌々日の26日ロシア・プーチンを訪れています。
米・仏での合意は、「アイシスを武力攻撃の標的として、これを壊滅させる」「シリア・アサドを更迭し、シリアに民主的な政府を創る」ということでした。この会談は増加し続けるシリア難民と彼らに紛れてヨーロッパへ密かに入って来るアイシスの活動家達を阻止する、という大きな課題も内包されていました。
しかしその翌々日に持たれたプーチンとの会談では、アイシスへの攻撃に関しては合意されたものの、アサド更迭に関してプーチンは同意しませんでした。
オランド大統領はパリ事件のことで頭が一杯で、プーチンの真意に気付くことが出来なかった、というのが本音といったところでしょう。プーチンの本音は、「これでシリアに大手を振って軍事介入が出来る」「アサドを支援し、これまで中々進出出来なかった地中海への足掛かりをシリアに確保出来る」といったところでしょう。そして更に中東に大きな足掛かりと軍事基地を建設し、サウジアラビアやクエート、UAEといった中東の雄を牽制し、産油国としての連携を深めて、世界の化石燃料供給を支配していく、という遠望も同時に併せ持っていると思えます。
・プーチンは中学生時代からロシアKGBに憧れ、自ら本部を訪れ、そこでサジェスチョンされた方向性を維持し続けて大学卒業と同時にKGBに就職した、という一貫性を持って人生を築いて行ける強靭な意志を併せ持つ人物です。エリツィンによってモスクワに招かれ政治家への道を歩みだすと同時に、「大統領になる」という強い信念を持ち、エリツィンが失脚すると同時に大統領に就きました。(この時のエリツィンの失念した姿は誠に不自然な様子でしたが、何らかの薬を服用さされていたと思われます;誰が一服盛ったのか、は、言わずもがな、でしょう)
ロシアの法律で規定されている8年(2期)の大統領を終え、一旦メドベージェフにその職を務めさせた後、再び現職に復帰しています。彼の野望は尽きることがなく、その心の内にはマダマダ煮えたぎったものがマグマのように燃え滾っていると見えます。
シリアという場所が今正に彼のこれからの野望実現の第一歩だと私は思っています。現在の世界の指導者の中で、彼に対抗できる人物は皆無だと思えます。従来はロシアの野望を抑え込むことが出来たのは歴代のアメリカ大統領でした。フルシチョフに対するケネディ、ゴルバチョフに対するレーガン、そして第一期目のプーチンに対するジョージ・W・ブッシュ。しかしオバマは人間としてはプーチンよりは数段優れていますが、政治家としては心優しすぎる、と言えるでしょう。これから11月までアメリカの大統領選挙が行われますが、プーチンに対抗しうる候補者といえばヒラリー・クリントン女史をおいて他には見当たりません。人物像とすれば同じ民主党のサンダース氏の方が勝りますが、対プーチンを視野に入れて国際協調を民主的に推し進めて行くには、ヒラリー女史の方が強力な指導力を持っていると言えます。彼女がプーチンにするどく抗弁し噛みついていく姿が目に見えるようです。
*さて本来はアイシス掃討が何よりのミッションだった筈のシリア空爆が、いつの間にかトルコのクルドとの確執、ロシア軍機撃墜による作戦停滞、米軍のイニシャティブの喪失、NATOの不完全な対応、そしてイランやイスラエルなどの諸問題も絡んで、混迷が深まるばかりとなってしまいました。サウジアラビアのジュベイル外相が言っているように、自国を破壊し、自国民を自ずから殺害し続けるアサドを放置しておくことは、人類の未来への裏切りであると認識しなければなりません。
しかし停戦まであと2日、その実現性はとても弱まったと思えます。それでなくとも嘘で塗り固めたアサド政権とロシア。彼らの強欲な企みはそう易々とは阻止できるような状況ではなくなったと言えるでしょう。
*決して叶わない目論見ですが、私の望みとするところは、まずトルコとクルドの確執を収め、収監中のオジャランを開放し、彼を仲介者としてトルコとクルドの和解を促し、連合体を構成し、それを基に米英友好国とサウジやカタールが連携して地上軍をシリアに投入する。そして、まずアサドとロシアを後退させ、アサドをダマスカスに封じ込めれば、ロシアはやむなく遠方からアイシス攻撃に協力せざるを得ない状況になるでしょう。アイシスを撃滅させることはそれほど難しいことではないでしょう。すでにアイシスの主力はリビアに転出しているかも知れません。
*シリアのアサドを捕縛し、国際裁判所での公開法廷で念入りに裁く必要があります。多くのシリア市民が帰国し再建の道筋をつけなければなりませんし、公平な選挙による指導者選びは市民が中心となって実施出来るように国際社会は見守らなければなりません。
国外に出ているシリア難民は約1000万人いると推定できます。其のうちの60%~70%が帰国するのではないかと思えます。シリアは元には戻りませんが、約2500万人(2012年迄は3000万人)によるシリア再建がなされる土壌が出来上がることになります。そしてこれまでただ1度、半年間しか国を持つことが出来なかったクルドの人々に、イラク北部の現在のクルド自治区に国家を建設させる。トルコ国内に居住するクルド人達もこの地に移住させる、という筋書きが最も平和な中東にすることだと考えています。
・さすればイスラエルとパレスティナにも良好な結果が齎せられる。
中東全体だけでなくムスリム同志の対決(スンニー派80%とシーア派20%)も和らぐだろうし、アフリカにおける過激派組織の一掃も徐々に実現されていくだろう。
シリア問題の優れた解決は国際社会全体で取り組むべき最重要課題であり、日本も精力的な対外外交を展開してくべき時に来ている。 2016年2月16日 曽根悟朗